「どうせなら5年分の思い出を作ってから。」築港という街で飲食店を続けていく。-中澤洋一氏-

「どうせなら5年分の思い出を作ってから。」築港という街で飲食店を続けていく。-中澤洋一氏-

「5年後に潰れるかもしれない。でも、今やらなかったら一生後悔すると思ったんです」。築港エリアで飲食店を営む中澤さんは、そう振り返る。

独立、店舗拡大、撤退、そしてコロナ禍。華やかな成功ストーリーとは言いがたい選択の連続のなかで、それでも中澤さんは「店を続ける」という道を選び続けてきた。なぜ築港というまちで挑み続けるのか。その背景には、飲食という仕事を超えた、人との向き合い方、そして「続けること」そのものへの覚悟があった。

自身が経営する大正焼肉SUNナスビ!でインタビューに答えてくださる中澤さん

29歳、築港から始まった独立

中澤さんが独立したのは2009年、29歳のとき。大阪港駅前で、居酒屋チェーン「村さ来」のフランチャイズ1号店をオープンした。飲食業は、もともと身近な存在だった。父親が飲食店を営んでおり、自然と店の空気に触れて育った。アルバイトとして飲食の現場に立ち、そのまま社員へ。25歳頃までは「特別な志があったわけではない」と語る。

「正直、最初は“稼げるから続けてた”くらいの感覚でした」。

転機となったのは、26〜27歳頃。複数店舗を任されるようになり、仕事への見え方が変わった。「いろんな店舗を任せてもらうようになって、あ、これって結構大事な仕事やなって思うようになったんです。それまではそんな志もなかったけど、だんだん楽しいなって感じるようになって」

そんなタイミングで、独立の話が持ち上がる。オリジナル店ではなく、フランチャイズを選んだのは「まずは型を学ぶ」という判断だった。「やったこともない状態で始めるより、まずは教えてもらいながらやった方がいいと思ったんです」

店長と経営者は、まったく別の仕事だった

独立後、現場の仕事には自信があった。仕込み、接客、清掃、アルバイト教育。忙しくはあるが、回すことはできる。しかし、経営はまったく別物だった。

「現場の仕事は10年近くやってきましたけど、お金の管理は全然違いました。当時は何も分からんくて」。現場がおろそかになって自分も楽しくないしスタッフもしんどそう。 「なんでか分からんけど、なんかうまくいかへん」
そんな感覚を抱えながら、行きつけの飲食店店長に相談したことが転機となる。

紹介されたのが、飲食店経営者の勉強会「落花生」だった。他の経営者たちの話を聞き、中澤さんは衝撃を受ける。「自分よりできる店長なんておらんと思ってたけど、世の中にはもっとすごい人がいる。店長とオーナー店長は全然違う仕事なんやと、ここで初めて分かりました」。

この頃から、視点は「店を回す人」から「組織をつくる人」へと少しずつ変わっていく。数字だけでなく、人の配置や役割、仕組みを意識するようになり、店舗の状態も徐々に安定していった。

店を増やせばうまくいくと思っていた

学生アルバイトから「社員として働きたい」と声をかけられたことをきっかけに、法人化を決断。株式会社ファーストオーシャンを設立し、2名を社員として登用した。1人は店長、1人は料理長。役割を明確にし、次のステージへ進もうとした。

しかし、現実は想像以上に難しかった。料理長のモチベーション維持を目的に2号店を出店。知人が引退を考えていた店舗を引き継ぎ、規模を拡大した。売上は伸びた。だが、現場は楽にならなかった。1店舗なら“何かあったら自分が出る”で済む。でも2店舗になると、それができなくなる。人は足りているはずなのに、適材適所が分からない。実力が追いつかないまま、仕事だけが増えていく。

そんな中、飲食店を開きたいという友人を手伝う形で築港に3号店をオープン。 「原因はわからないけれど売上は上がってたんで、3号店出したら逆転できるかも、みたいな気持ちもありました」。父親からは「そんなに短期間で店増やして大丈夫か」と心配の声もあった。

2014年までに4号店をオープン。一方で店舗拡大に伴って全体的に売り上げが下がりはじめていた。「一回深呼吸したほうがいい」先輩の言葉もあり運営をじっくり見直し現場に注力する。体制が安定してきたところで2019年に5号店をオープンした。

5号店大正焼肉SUNナスビ!!のイベリコ豚ウインナーとハラミ

コロナ禍。原点の店を閉める決断

2020年。コロナ禍は、それまで積み上げてきた前提を一気に壊した。5号店の次、6店舗目の弁当屋さんを始めて軌道に乗り、2か月がたったころコロナが訪れた。コロナで特に大きく打撃を受けた飲食業。営業自粛、先の見えない不安。

5号店では焼き肉屋から肉のネット販売への切り替えを行うなど、毎日が試行錯誤の連続だった。当時の社員は10人。家族を持つスタッフも多く、「この状況は2〜3か月で終わる話ではない」と中澤さんは感じていた。「独立を考えている人、転職を考えている人は、今やと思う」。今後店がどうなるかわからない現状を正直に伝えた結果、3人が会社を離れた。

そして最初に閉めたのが、大阪港駅前の1号店だった。築港での原点ともいえる店舗だが、家賃が高く、営業もできず、ネット販売の資材置き場になっていた。「営業もできへん状態で、置き場になってるだけやったんで、最初にそこを閉める判断をしました」。

弁当屋事業も断念。中澤さんは、有事の経営は平時とはまったく別のものだったと振り返る。「肉のネット販売をやってなかったら、会社は潰れてたと思います」。ガラッと変わる情勢の中、スピード感、判断の早さ、切り替えの決断。そして失敗をしながら挑戦してみる行動力。その一つひとつが、会社の存続に直結していた。

「どうせなら、思い出を作ってから」

そんな中で挑戦したのが「築港横丁」。2020年6月。まだコロナが終わっていない、観光も止まり、人の流れも消えていた時期でのオープンだった。

「今死ぬのか、5年後に死ぬのか。どうせなら5年分のいい思い出を作ってやろうと思ったんです」

補助金を山ほど調べ、税理士さんなど専門家にもたくさん相談した。「コロナで我慢する日々ももう飽きてきてた。コロナ禍の時だからこそ、今まで躊躇してきた事に挑戦してやろうと思った。」と中澤さんはいう。

学生と一緒につくった店の現実

築港横丁では、学生主体の運営にも挑戦した。 大学生たちに、店の運営を任せるという試みだった。話題性は高く、取材も相次いだ。一方で、現場運営は簡単ではなかった。「賢い子は多い。でも、判断が遅くなったり、動けなくなることもある」。

経営陣3人での共同運営も、現場に迷いを生んでいた。最終的にリーダーを1人に絞る決断をする。すると、空気が変わった。指示系統が明確になり、スタッフの動きが揃い始める。結果として売上も伸び始めた。

「誰の言うことを聞いたらいいか分からん状態から、ちゃんと力を出せる環境に変わったと思います」。

1本20円「大人の割り箸」という取り組み

中澤さんが大切にしているのは、売上や利益だけではない。店を続けていく中で出会った考え方や取り組みを、少しずつ店の中に取り入れてきた。

そのひとつが、店で使っている割り箸だ。中国産なら1本50銭ほどで仕入れられるものを、国産の間伐材を使った1本20円の「大人の割り箸」に切り替えている。「木を切らなさすぎて、日本の森は逆に弱っている。国産の間伐材を使うことが、ほんまのエコなんやで」。先輩からそう聞いたことがきっかけだったという。

同じように、「サンキューカード」という仕組みも導入している。障がいのある人が働いても、月に1万円ほどの工賃しか得られない現実があること。その問題を広く知ってもらうために生まれた取り組みだ。「後輩に“一万円問題って知ってますか”って言われて、知った以上、何かできることはないかなと思いました」。

中澤さんはこの仕組みを知り、店に取り入れることを決めた。お客さんに渡される小さなカードを通して、日常の中で社会の現実に触れるきっかけが生まれている。寄付や特別な活動として切り離すのではなく、あくまで“店の営業の一部”として続けていく。

売り上げと関係ない、そういった社会問題などに尽力するのには何か信念のようなものがあるんですかと中澤さんに聞くと、少し考えてからこう答える。「利益より、大切なことがあるって感じる優しい人が、飲食やってる人には意外と多いんですよ」

飲食は、人のしあわせをつくる仕事

「給料をもらうためだけが仕事じゃない。誰かを元気にした対価として、お金をもらうんやと思ってます」。中澤さんにとって、店を続ける理由は売上や数字だけではない。
「中澤君頑張ってるな」「君の店なら応援するよ」そうした言葉が、次の挑戦への原動力になっていると中澤さんは言う。「飲食にこだわらなくてもいい。人を喜ばせられてまちが元気になるなら、手段は何でもいいと思ってます」

逆境が楽しい。だから、まだ続ける

今後について尋ねると、中澤さんはこう答える。「将来ずっと現場に立ってるかは分からんけど、何かはしてると思います。逆境の方が楽しいんですよ。向かい風の方が燃える。いろんなことを試していくのが楽しいんで」

3歳から過ごしてきた築港というまち。身近な人の幸せを増やすことが、結果としてまちを元気にする。「やれるところまで、やりたいですね」。飲食店経営に加え、築港サンセットシアターやキッチンカーイベント、築港クラフトビールなど、ほかにもたくさん街を盛りあげることに尽力する中澤さん。仲間とともに挑戦は続く。中澤さんの歩みは、今日もこのまちの中で積み重なっている。

店舗情報

築港横丁/スナックマドロス 大阪市港区築港4-1-30 外山ビル1F

https://www.instagram.com/chikko_yokocho/

https://www.instagram.com/snack_madorosu0606/

大正焼肉SUNナスビ!! 大阪市大正区三軒家1-5-10 

https://www.instagram.com/sunnasubi0675085821/


■編集後記

取材を通して特に印象的だったのは、「経営者としての視点を持つようになった」という言葉の通り、とにかく人をよく見ていることでした。なぜうまくいかないのか。どうすれば、その人の力が一番発揮できるのか。
相手に原因を押しつけるのではなく、自分の関わり方や環境のつくり方を何度も考え直してきた姿勢が、強く伝わってきました。

また、困ったときにひとりで抱え込まず、先輩経営者や仲間に相談し続けてきたことも印象的でした。強く見える人ほど、実はたくさん人に頼り、学び、助けられながらここまで来ている。中澤さんの歩みからは、その積み重ねが信頼を生み、人と人のあいだに自然と「居場所」をつくっていくことが伝わってきます。

人間関係を簡単にリセットできる時代だからこそ、関係を育て続けることは簡単ではありません。ぶつかることも、誤解されることも、思い通りにいかないこともある。距離を置いた方が楽な瞬間も、きっと何度もあるはずです。それでも向き合い続けることでしか生まれない信頼や変化があり、その積み重ねが、人と人のあいだに「居場所」をつくっていくのかもしれません。